36話)
何回も体を重ねるが、歩は避妊を続けた。
一向に妊娠の気配さえ見せない茉莉の様子に、上流社会の奥様方から、散々圧力をかけられている最中になのである。
『病院にお行きになるといいわ。』
のコメントは当たり前だった。
赤い下着を付けるように指導してくる奥様は、年季の入った方々で、同年代の結婚した友人からは、
「私の場合はねえ・・毎日するとかえって出来にくかったわ。一日おきにスレば、できやすくなるわよ。」
なんて無邪気にアドバイスしてくれたりする。
まさか夫に避妊されているなんて状況は、思いつかない筈だった。
別人のフリをして彼に抱かれ続けているなんて・・。
「最後の手段は、妾に子供を産ませて引き取る方法もあるから。」
「養子っていう方法もありよ。」
結婚して2年もたたないうちにだ。
そんな事まで言われるまでになって、長年流産を繰り返し、子供を産めなかった高野の母は、どれ程の重圧に耐えていたのだろう。と今更ながらに思うくらいだった。
一方の歩は、日によっては避妊具を付けてスル日もあって、さすがに
「つけないで〜。」
と頼んでしまった。けれど、彼は決して首を縦にはふらなかった。
ふいに、
「俺の子供を産めるのは、河田茉莉だけだ。」
なんて言うのである。
「茉莉とはしないじゃない。」
ポツンとつぶやく真理に、歩はおかしげに瞳を揺らせる。
「よく知っているね。そうさ、彼女とはしない。俺を拒んだからね。」
キッと睨む真理に、
「いつ拒んだのよ。」
と問いかけゆくのに、応えがない。
「俺より、武雄兄さんの方がいいんだ。」
ポツリと漏らす歩の言葉に、
「前も同じこと言ったわね。どうして武雄さんがいいだなんて思ったの?」
「夫婦の問題に立ち入るのは、マナー違反だね。」
なんて言うのである。
真理は頭を抱えてしまった。
一方、ベットの上でくつろぐ歩は、なにげに仕事の話をしてくる時もあった。。
巨大な企業にありがちな、能率の悪さ。派閥同士の確執を抱えて、難しい問題を抱えている話をしてくるようになっていた。
それをとても嬉しい気持ちで聞き入り、
「ごちゃごちゃ、雑念が入りすぎるのは、かえって能率が悪いんじゃないの?」
真理が問うと、
「リストラも範疇にはいれているよ。けれど、一見、役にも立たないような者も、環境次第でゴロリと変わるからね。
人材は宝だから。
宝を使えきれない企業は、結局は衰退してゆくと、俺は思うんだ。
部下がどれだけの能力を発揮できる環境を、上の者が作れるかで、企業の体力が決まると思うんだ。彼らを、それをどう生かすかで、会社は変わる
今、俺はそれをやっているつもり・・。
現実はなかなかうまくいかないけれどね。到達点に向かって頑張っている最中ってな感じが今の所。
河田グループの中には、いい奴らがたくさんいるんだ。
そして当然、いずれは切るべき者の判断も、下さなければならないだろう・・。」
そう言った歩は、すでに河田の当主の顔になっていた。
優しい瞳の中に、凛とした鋭い光が灯っていた。
その強い光で、河田グループを、引っ張ってゆくのだ。
「仕事は一人でするものじゃないと思う。
一人一人の努力の結晶が、社会を形作るんだ。そして巨大な力をもたらしてくれるんだよ。
上の者はそれを忘れてはいけない。」
『主君たる者は、家を支えてくれる者・・ひいては会社を支えてくれる者達の姿を、忘れてはなりません。
彼等の努力があって、家は保たれるのです。』
かつて祖母が言った言葉を思い出していた。
歩は祖母と同じ事を言っていた。
(あーあ。なんて事・・。)
トップに立つって、そうゆう事なんだ・・。
とんでもないくらいの激しい感動の渦に、真理は涙が出そうになる。
歩の側で、ずっと彼の生き方を見てゆきたいと思った。
とても誇らしいような、同時に、少し寂しくもあり・・。
広い視野を持つ彼は、間違いなく昔の歩じゃなかったから。
「歩さん・・ずっと一緒にいて・。」
真理が抱きついてゆくと、歩も優しい手付きでそっと抱擁してきて、
「真理こそ俺から離れないで・・そばにいるから・・。」